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九州・沖縄地方の寺



日本の中で最も大陸に近い九州・沖縄地方は古くから文化が開けており、寺院も大陸から影響を受けた物が多く見られます。こちらでは、国際都市長崎にある日本最古の唐寺「興福寺」と、九州地方を統括していた大宰府で一世を風靡した「観世音寺」をご紹介しましょう。

東明山興福寺(長崎県)

長崎市寺町にある、日本最古の黄檗禅宗(おうばくしゅう)の唐寺「興福寺(こうふくじ)」。かつては、日本の中にある中国であったこの寺院ですが、「崇福寺(そうふくじ)」、「福済寺(ふくさいじ)」と共に、長崎三大福寺のひとつに数えられ、雄大な朱色の山門から「あか寺」という名称でも親しまれています。

中国の僧侶が開いた唐寺

1620年(元和6年)、明代の中国からやってきた中国僧の「真円(しんえん)」が航海安全を祈って長崎に小さなお堂を造りました。これが興福寺の始まりで、日本の黄檗宗の開祖でもある中国僧「隠元(いんげん)」が初めて住職を務めたゆかりの寺でもあると言われています。国の重要文化財である「大雄宝殿(だいおうほうでん)」にかかげられている額は、隠元の筆による物です。

唐寺が多い国際都市長崎

江戸時代の長崎は鎖国政策を採っており、日本で唯一海外との貿易が認められていた都市でした。世界中から商人が集まった長崎ですが、特に中国人の割合が多く、市民の2割近くを占めていました。そのため、彼らは長崎の各地に出身地別に寺院を創建し、興福寺以外にも崇福寺や福済寺などの唐寺が増えていったのです。

当時はキリスト教への弾圧が厳しく、キリシタンへの疑いを掛けられないためにも、唐寺の建設が進められたのではないかと考えられています。

本尊
釈迦如来
住所
長崎県長崎市寺町4-32

観世音寺(福岡県)

朝廷による九州統括、そして大陸からの国防の要として7世紀に築かれた太宰府。この地に746年(天平18年)、天智天皇の発願により造営され、一時圧倒的な勢力を誇った天台宗の寺院が「観世音寺(かんぜおんじ)」です。

しかし、平安時代以降徐々に衰退し、わずかに現存する金堂や講堂は江戸時代に再建。当時の建築物や伽藍の大半は失われましたが、宝物庫の中には、平安時代から鎌倉時代にかけての仏像16体をはじめ、九州随一の規模を誇る重要文化財が奉納されています。

日本最古の梵鐘

観世音寺を代表する国宝と言えば、日本最古とされる「梵鐘(ぼんしょう)」です。「梵鐘」とは、仏教法具の釣鐘のことで、一般的には「除夜の鐘」で知られるものです。この観世音寺の梵鐘を制作したのは、京都の「妙心寺(みょうしんじ)」にある梵鐘と同じ工人集団と考えられており、この梵鐘も日本最古のひとつとされていることから、合わせて「兄弟鐘」とも呼ばれています。この2つの鐘には、九州北部の地名「上三毛」の刻印があることから、いずれも筑紫地方で造られたことが分かっています。

日本の梵鐘は、時代が下るにつれて大きさが小さくなっていく傾向があり、日本最古のこの梵鐘は159.5センチメートルと非常に大きなところが特徴。ただ古く大きいだけではなく、響き渡る鐘の音も非常に高い評価を得ています。大晦日と毎月18日の13時のみ、その澄んだ鐘の音を聞くことができます。

本尊
聖観音
住所
福岡県太宰府市観世音寺5-6-1