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一度は見たい 京都・奈良の仏像 第一回 有名な国宝級の仏像 広隆寺、神護寺、教王護国寺

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かつて都のあった京都や奈良には、数々の国宝級の仏像が安置されています。
こちらでは京都にある弥勒菩薩半跏思惟像(広隆寺)、薬師如来立像(神護寺)、不動明王像(教王護国寺)の見どころや歴史、成り立ちをご紹介しましょう。

弥勒菩薩半跏思惟像(広隆寺)

弥勒菩薩半跏思惟像(広隆寺)

京都府右京区にある広隆寺霊宝殿には、国宝に指定されている2体の「弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかし(ゆ)いぞう)」が安置されており、通称「宝冠弥勒(ほうかんみろく)」と「宝髻弥勒(ほうけいみろく)」と呼ばれています。「宝髻弥勒」は、泣いているようにも見えることから別名「泣き弥勒」とも呼ばれ、クスノキで造られています。

特に有名なのが、飛鳥時代に造られたと伝わる宝冠弥勒。高さ約123.3センチメートル、座高84.2センチメートルの仏像は、当時の仏像としては珍しいアカマツの一本造です。右手の薬指を頬に当て微かに微笑みながら物思いにふけるポーズが特徴的で、このしなやかな姿はときに官能的。見る者を惹き付けています。

弥勒菩薩半跏思惟像(宝冠弥勒)の由来

弥勒菩薩半跏思惟像(宝冠弥勒)の由来

弥勒菩薩半跏思惟像の由来には、様々な説があります。中でもアカマツで造られている宝冠弥勒像は、当時の多くの日本の仏像がクスノキで造られていることから日本書紀の記載にあるよう、603年(推古11年)または623年(推古31年)に百済もしくは新羅から日本に伝来した物でないかと考えられていました。

しかし1968年(昭和43年)、仏像の背板部分等はアカマツではなくクスノキでできていることが判明。この背板は修復の際ではなく建造当時の物であると見られ、この点やさらにアカマツも朝鮮に多いとは言え日本でも自生がみられることから、実は宝冠弥勒像も日本で造られた物では、という説も大きく唱えられるようになりました。

現在も朝鮮半島伝来の物であるか、日本国産であるかはっきりとした由来は分かっていません。しかしこの仏像、特に宝冠弥勒像が「アルカイックスマイル」と称される気品と母性に溢れる笑顔で人々を惹き付け続けていることは事実。

弥勒菩薩半跏思惟像(宝冠弥勒)の由来

1960年(昭和35年)に京都大学に通う学生が仏像のあまりの美しさに魅せられ、ついほおずりをしようとして右手の薬指を折ってしまったといった事件まで起こった程です。現在、薬指はしっかりと修復されており、美しい宝冠弥勒像の姿は広隆寺の境内にて見学することができます。

詳細データ

名 称
広隆寺(こうりゅうじ)
住 所
〒616-8162 京都府京都市右京区太秦蜂岡町32
TEL
075-861-1461
交通アクセス
「太秦広隆寺駅」下車 徒歩3分
施設の詳細を見る

薬師如来立像(神護寺)

薬師如来立像(神護寺)

京都府右京区の高尾山神護寺には、国宝仏でもある薬師如来立像(やくしにょらいぞう)が安置されています。平安前期のカヤ材一本造りの薬師如来像は、右手に施無畏印(せむいいん)、左手には薬壺(やっこ)を持っており、像高は170.6センチメートル。仏様には、珍しい鋭いまなざしやへの字に突き出し引き締めた唇などとても厳しい顔つきが特徴です。

この仏像が造られた平安前期、厳しく禁欲的な山岳修行を行なっていた僧侶たちは、それらの修行に耐えぬくためにもより力強い仏像を求めており、このような顔つきになったのではないかと伝わっています。

「薬師如来像」とは

「薬師如来像」とは

神護寺の薬師如来立像をはじめ、日本にはいくつもの薬師如来像を安置するお寺があります。国宝だけで14像、重要文化財も含めると247像もの薬師如来像が存在しており、右手が施無畏印、左手が与願印の形をしている姿が通例。

飛鳥時代以降、主に病気治癒祈願のために建造され人々から崇められてきました。薬師如来像が持つ薬壺の中には、体の病だけでなく心の病などすべての病を治してしまう霊薬が入っているとされています。

また、現世利益を司る如来でもあることから、神護寺などの密教寺院においても国家鎮護の本尊として重要な役割を担ってきました。

詳細データ

名 称
神護寺(じんごじ)
住 所
〒616-8292 京都府京都市右京区梅ヶ畑高雄町5
TEL
075-861-1769
交通アクセス
「山城高雄バス停」下車 徒歩4分
施設の詳細を見る

不動明王像(教王護国寺)

不動明王像(教王護国寺)

京都市南区の教王護国寺(通称:東寺)の講堂には、不動明王像を中心に、降三世明王像(ごうざんぜみょうおうぞう)、軍荼利明王像(ぐんだりみょうおうぞう)、大威徳明王像(だいいとくみょうおうぞう)、金剛夜叉明王像(こんごうやしゃみょうおうぞう)の五大明王像が安置されています。

「明王」とは、仏教(密教)の信仰の対象で、菩薩や如来が「静」の仏なのに対して、明王が「動」の仏。中心の不動明王像が顔や手の数などが人間と同じ常相であるのに対し、他の4つの明王像は顔や形が人間とは違う異相であることが特徴です。これらは煩悩に惑う人々を救うために五智如来が化身した姿だとされています。

教王護国寺(東寺)の講堂内には、他にも「五大菩薩坐像」、「梵天・帝釈天」、「四天王立像」の合計15体もの国宝仏像(全21体の仏像)が安置されており、それらが並ぶ様はまさに圧巻。まるで密教の世界に入り込んだような体験ができます。これら仏像はすべて平安前期の密教彫刻の代表作です。

講堂の不動明王(ふどうみょうおう)

講堂の不動明王(ふどうみょうおう)

思わず息を止めてしまう程の迫力を持つ五大明王の中心を担う不動像。右手には、他者と自己との煩悩を断ち切る宝剣、左手には煩悩を縛る羂索、背中には真っ赤な炎を背負っています。

講堂の不動明王(ふどうみょうおう)

諸刃の剣は外と内に向いており、この様子から明王が命がけで人々を救おうとしていることと、救われる側も命がけで向かわなければいけないということが分かります。

この不動明王の周りを、何本もの手足を持ち、目をむいた4体の明王たちが囲っています。

御影堂の不動明王坐像

境内の西院の一角にある仏堂「御影堂」。この南側の後堂にも、実は空海の念持仏とされる国宝「不動明王座像」が安置されており、講堂の五大明王像と共に最古の明王像ですが、こちらは秘仏なため残念ながら非公開。一般人は見ることができません。

詳細データ

名 称
教王護国寺(きょうおうごこくじ)
住 所
〒601-8473 京都府京都市南区九条町1
TEL
075-691-3325
交通アクセス
JR「京都駅」下車 徒歩15分
施設の詳細を見る
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