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一度は見たい京都・奈良の仏像「第四回」京都府内の三つの如来像 浄瑠璃寺、三千院、清涼寺

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仏教を開いた釈迦が悟りを開き、「如来(にょらい)」となった姿を現した仏像は多く存在します。ここでは、京都府内の三つの古刹に安置されている如来像をご紹介します。

九体阿弥陀如来像(浄瑠璃寺)

九体阿弥陀如来像(浄瑠璃寺)

京都府最南端の木津川市にある浄瑠璃寺の本尊は、創建当時は薬師如来でしたが、平安時代中期に起こった日本仏教の流行によって阿弥陀如来へと移っていったと言われています。現在、薬師如来は三重塔に祀られていますが、阿弥陀如来が祀られている本堂は正面が11間、側面が4間ととても細長い造りとなっているのが特徴です。

この細長さは、9体という阿弥陀如来像の数に関係しています。すなわち「九体(くたい)阿弥陀如来像」をずらりと並べて安置するために、本堂をこれ程細長くする必要が生まれました。「9」という数字は、阿弥陀信仰の「九品往生(くほんおうじょう)」という考えから由来しており、9体はそれぞれ表情や顔立ちが異なって造られているのも特徴のひとつです。

中尊の阿弥陀如来像は、釈迦の背丈と同じと言われる「丈六仏(じょうろくぶつ)」で、右手は人々の畏れを取り除く「施無畏印(せむいいん)」、左手は願いを表す「与願印(よがんいん)」の印相をしており、その中尊の左右に4体ずつ、計8体の小さめの阿弥陀如来像は腹の前で両手を組んだ「定印(じょういん)」となっています。これら9体の阿弥陀如来像は、すべて金色に彩られており、静かな本堂にずらりと並ぶその荘厳さは、息をのむ程です。

阿弥陀信仰の「九品往生」とは

阿弥陀信仰の「九品往生」とは

阿弥陀信仰において人は、死ぬ際に「上品上生(じょうぼんじょうしょう)」から「下品下生(げぼんげしょう)」まで、9通りに定められた往生を迎えると考えられています。それぞれの往生の仕方に応じた阿弥陀如来が、死者を迎えに来るため、「九品往生(くほんおうじょう)」と呼ばれているのです。

この九品往生に基づく阿弥陀信仰は、平安時代に大流行しました。そのため、藤原氏などときの権力者たちはこぞって九体阿弥陀如来像を造りましたが、ほとんどはその後遺失してしまい、現存しているのが浄瑠璃寺の物だけとなっています。

阿弥陀信仰の考え方は、どんな悪人であろうとも死ぬ際は阿弥陀如来が必ず救って下さる、というものです。優しさに満ちた慈悲深い阿弥陀如来像を見るときには、このことを思い出しながら見ると良いでしょう。

詳細データ

名 称
浄瑠璃寺(じょうるりじ)
住 所
〒619-1135 京都府木津川市加茂町西小札場40
TEL
0774-76-2390
交通アクセス
奈良交通「浄瑠璃寺バス停」下車 徒歩2分
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阿弥陀三尊像(三千院)

阿弥陀三尊像(三千院)

歌の歌詞でも有名な三千院は、京都市左京区大原にあり、天台宗の開祖・最澄が開いた長い歴史を持つ寺院です。元々は、皇族が住職を務める「門跡(もんせき)」と呼ばれる高い格式を持った寺院であり、とても広い境内には風格のある庭園が広がっているなど大変美しい寺としても知られています。

この三千院の往生極楽院の本尊が、「阿弥陀三尊像(あみださんぞんぞう)」です。「木造阿弥陀如来及両脇侍坐像(もくぞうあみだにょらいおよびりょうきょうじざぞう)」とも呼ばれることから分かるように、中尊の阿弥陀如来坐像から見て左には観音菩薩坐像、右には勢至菩薩(せいしぼさつ)坐像が控えています。この2体の菩薩像は、正座のような「大和座り」をしており、これは坐像としては珍しい形です。

阿弥陀三尊像が納められている本堂は、あえて狭い造りになっています。その目的は、人が往生する際に目の前に降り立つ阿弥陀如来の迫力が近い距離感で認知できることを図ったものであると言われており、穏やかながら荘厳な阿弥陀如来の表情の来迎を体感でき、それを見る私たちに深い安心感を与えているのです。

「阿弥陀三尊」とは

「阿弥陀三尊」とは

阿弥陀如来像の両脇に観音菩薩と勢至菩薩を配置した仏像安置形式を「阿弥陀三尊」と呼びます。人が往生する際、死者の魂を極楽浄土へ迎えに阿弥陀如来が来迎しますが、そのとき観音菩薩と勢至菩薩が先導して来ると考えられており、阿弥陀三尊はこの際の姿を表した物です。

阿弥陀如来の慈悲を表す観音菩薩は、魂の入れ物である「蓮台」を持っており、一方、阿弥陀如来の智慧を表す勢至菩薩の手は合掌となっています。

詳細データ

名 称
三千院(さんぜんいん)
住 所
〒601-1242 京都府京都市左京区大原来迎院町540
TEL
075-744-2531
交通アクセス
京都バス「大原バス停」下車 徒歩6分
施設の詳細を見る

釈迦如来立像(清涼寺)

釈迦如来立像(清涼寺)

京都市右京区にある清涼寺は、嵯峨にあるため「嵯峨釈迦堂」の異名でも知られている浄土宗の寺院です。その本尊が「釈迦如来立像(しゃかにょらいりゅうぞう)」ですが、この像の魂はインドから中国を経て伝来した物とされています。

平安時代前期、奈良の東大寺出身の僧・奝然(ちょうねん)は、宋に渡り修行をしていました。その際に台州で見た釈迦如来像に心を奪われます。この像は古代インド・コーシャンビー国の優填王(うでんおう)が釈迦の存命中に栴檀(せんだん)の木で彫らせた等身像であり、まるで釈迦の生き写しであると言われる程生き生きとした像でした。この像に拝した奝然は現地の仏師を呼び、模した像を彫らせて日本に持ち帰りました。そのため、この釈迦如来立像はインド・中国を経て日本に来た「三国伝来の釈迦如来」と呼ばれています。

当時の日本や宋の仏像とは異なった、古代インドの様式が表わされた像であり、それは頭髪の表現や大衣の文様などに見ることができます。しかし、大変美しく由緒ある像であるために後世にはこの像をモデルとした多くの模造が製作されるまでとなり、これらは「清涼寺式釈迦像」と呼ばれている程で、この釈迦如来立像がもたらした影響の大きさが窺い知れることは言うまでもありません。

「釈迦如来」とは

「釈迦如来」とは

仏教の開祖・釈迦は35歳のときに悟りを開き、「如来(=修行を完成した者)」となりました。「如来」は「仏陀」とも呼ばれ、釈迦如来は悟りを開いた際の釈迦の姿を表現した仏像です。そのため、質素な衣をまとい、装身具は着けていません。

「大日如来」「阿弥陀如来」「薬師如来」と合わせて「四如来」と称されますが、釈迦如来は最初に登場した如来像であり、以降に造られた如来像の基本形としても知られています。

詳細データ

名 称
清涼寺(せいりょうじ)
住 所
〒616-8447 京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
TEL
075-861-0343
交通アクセス
嵯峨野観光鉄道「トロッコ嵐山駅」下車 徒歩10分
施設の詳細を見る
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