神社・寺院情報
東海地方・北陸地方の神社/ホームメイト
東海地方や北陸地方の神社には、日本神話に登場する神々と深い関係のある神社が多く点在しています。また、武家勢力からも厚く信仰されてきた歩みや、奉納物などが多く見られるのも特徴のひとつ。これらの神社からは、古代の神々から戦国時代・江戸時代と、悠久の歴史を感じることができるでしょう。東海地方や北陸地方にある代表的な神社をご紹介します。
熱田神宮(愛知県)

熱田神宮の由来
三種の神器のひとつである「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)をご神体として祀る「熱田神宮」(あつたじんぐう:名古屋市熱田区)は、主祭神に「熱田大神」(あつたのおおかみ)を祀りますが、これは草薙神剣をご神体とする「天照大御神」(あまてらすおおみかみ)を指しています。
相殿神(あいどのしん:主祭神のほかに祀られている神)としては、天照大御神の他に「素戔嗚尊」(すさのおのみこと)や「日本武尊」(やまとたけるのみこと)などの神も祀っており、これらのどの神も草薙神剣と深い関係があるのです。
これは、日本武尊が伊勢国(現在の三重県北中部)で亡くなったあと、日本武尊の妃であった「宮簀媛命」(みやずひめのみこと)が草薙神剣を現在の熱田神宮の地に祀ったことに由来しています。
以来、熱田神宮は「伊勢神宮」(三重県伊勢市)に次いで権威のある「国家鎮護の神宮」とされ、「熱田さま」、「宮」と呼ばれ、尊ばれてきました。
数多くの崇拝者のひとりに「織田信長」もおり、「今川義元」(いまがわよしもと)との「桶狭間の戦い」(おけはざまのたたかい)の前に戦勝を祈願し、その戦に勝ったことのお礼に「信長塀」(のぶながべい)と呼ばれる築地塀(ついじべい:屋根が付いている土塀)を熱田神宮に奉納しています。
現在の熱田神宮
現在でも信長塀は一部残されており、拝殿のやや南に見ることができます。土と石灰を油で練り固めた瓦を多数積み重ねているのが特徴です。
信長塀は、「西宮神社」(兵庫県西宮市)の大練塀(おおねりべい:瓦と練り土を交互に積み上げ、一番上に瓦を乗せた土塀)、「蓮華王院 三十三間堂」(れんげおういん さんじゅうさんげんどう:京都府京都市東山区)の太閤塀(たいこうべい:「豊臣秀吉」が寄進した築地塀)と並ぶ、日本三大土塀のひとつとしても知られています。
毎年6月5日に行われる例祭、通称「熱田まつり」は、勅使(天皇からの使者)が参向する、熱田神宮の祭典で最も重要な祭典です。この例祭では、献灯まきわら・花火をはじめとした様々な奉納行事が催され、名古屋の人々にとって、夏の訪れを告げる祭りとして、毎年約25万人もの市民が訪れます。
祭神
「熱田大神」(あつたのおおかみ)
「熱田神宮」の施設情報
| 施設名 | 熱田神宮 |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1−1 |
| 電話番号 | 052-671-4151 |
| 営業時間 | 【神宮】24時間営業 【宝物館・草薙館】9:00~16:30(最終入館は16:00まで) |
| 休業日 | 【神宮】年中無休 【宝物館】原則、最終木曜とその前日、12月25~31日 【草薙館】原則、宝物館休館日の前日、12月25~31日 |
| 料金 |
【神宮】なし
|
| 交通アクセス |

熱田神宮と剣の宝庫・草薙館へ行こう!
富士山本宮浅間大社(静岡県)

「富士山本宮浅間大社」(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ:静岡県富士宮市)は、古より神が宿る聖なる山として尊ばれてきた富士山をご神体として祀る神社です。全国に多く分布している浅間神社の総本社として知られています。
本殿の建築様式は、全国に4社にしか見られない「浅間造」(せんげんづくり)の代表的なものとして知られており、富士の高嶺になぞらえられる二重の楼閣が特徴的で、国の重要文化財にも指定されました。
また境内の「湧玉池」(わくたまいけ)には、富士山の伏流水が湧き出しており、国の特別天然記念物に指定されています。
富士山本宮浅間大社の由来と現在
7代「孝霊天皇」(こうれいてんのう)の時代に大噴火した富士山を鎮めるため、富士山麓の「山足の地」(さんそくのち)に「浅間大神」(あさまのおおかみ)を祀ったことが始まりと伝えられてきました。
御祭神の「木花之佐久夜毘売命」(このはなのさくやびめのみこと)は、その美麗な姿が富士山の美しさと同一視されて祀られたと考えられています。
木花之佐久夜毘売命は「竹取物語」の「かぐや姫」としても知られている神であり、すなわち富士山は女神として信仰を集めてきたことがうかがい知れるのです。
現在見られる社殿は、1604年(慶長9年)の「徳川家康」の造営による物で、「関ヶ原の戦い」での勝利を記念して造営したと伝えられています。そのため、現在も社殿の各所に徳川家の家紋である葵紋が見られるのです。
その後も江戸幕府の代々の将軍が浅間大社を崇敬してきました。
江戸時代には、庶民の間でも富士参詣が盛んに行われるようになり、大宮・村山口登山道(おおみや・むらやまぐちとざんどう)の起点に位置した浅間大社は、参詣者が多く訪れるようになります。
2013年(平成25年)には「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産のひとつとして、世界文化遺産に登録されました。
祭神
木花之佐久夜毘売命(浅間大神)
伊勢神宮(三重県)

内宮と外宮
「伊勢神宮」とは通称であり、正式名称は「神宮」です。
神宮は国家の宗廟(そうびょう=皇室の祖先を祀る建物)であり、太陽神である天照大御神を祀る「皇大神宮」(こうたいじんぐう:「内宮」[ないくう])と、衣食住の守護神である「豊宇気毘売神」(とようけびめのかみ)を祀る「豊受大神宮」(とようけだいじんぐう:「外宮」[げくう])の2つの正宮(しょうぐう:本宮)からなります。
内宮と外宮には、別宮・摂社・末社・所管社が125も存在。これらは「神宮125社」と呼ばれています。
また、内宮には「八咫鏡」(やたのかがみ)が奉斎(ほうさい:神仏などを謹んで祀ること)されていますが、これは三種の神器のうちのひとつであり、かつ天照大御神自らの神霊を込めた物とされているのです。
伊勢神宮の建築様式と式年遷宮
本殿の建築様式は、弥生時代の高床倉庫を起源としており、「神明造」(しんめいづくり)と呼ばれています。この神明造の建築様式は、20年に一度の式年遷宮によって古式が代々守られ続けてきました。
式年遷宮は、戦国時代の20年間ほど途絶えたり、途中幾度か延期があったりしたものの、690年頃より、約1300年にわたって行われてきています。直近では、2013年(平成25年)に第62回式年遷宮が行われ、話題となりました。
式年遷宮について詳しく学びたい方は、伊勢神宮外宮・勾玉池(まがたまいけ)の横にある「せんぐう館」を訪れると良いでしょう。式年遷宮を中心に、伊勢神宮の神事や社殿建築などについて学ぶことができます。
斎宮の制度化
内宮の主祭神である天照大御神は、日本人の総氏神であるとともに、皇室の祖神であるため、古代においては天皇以外の奉幣(ほうへい:神に布などの捧げ物をすること)は禁止されていました。
40代「天武天皇」(てんむてんのう:在位673~686年[天武天皇2年~朱鳥元年])の時代になると、皇族女性が都から伊勢に派遣されて、天皇に代わって伊勢神宮に仕える「斎宮」(さいぐう)が制度化されます。これは南北朝時代まで続き、皇室・朝廷との強い繋がりを保ち続けました。また、全国各地には伊勢神宮の社領である「御厨」(みくりや)が置かれ、強固な経済基盤を持っていたのです。
お蔭参りの流行
中世には日本全体の鎮守として武家からも崇敬されはじめ、「伊勢神道」が全国に広まります。さらに近世には庶民の間にも伊勢参宮が広まり、江戸時代には「お伊勢さんへのお蔭参り」として流行しました。お蔭参りは全国に広まり、住民が資金を積み立てて代表者が参詣する伊勢講も広く親しまれるようになったのです。
今でも多くの参詣者が国内外から訪れています。1993年(平成5年)には往時の伝統的な街並みを再現した「おかげ横丁」がオープンし、多くの観光客が訪れる観光地となりました。
祭神
内宮:天照大御神、外宮:豊宇気毘売神
「伊勢神宮 皇大神宮(内宮)」の施設情報
| 施設名 | 伊勢神宮 皇大神宮(内宮) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県伊勢市宇治館町1 |
| 電話番号 | 0596-24-1111 |
| 営業時間 | 1~4・9月:5:00~18:00 5~8月:5:00~19:00 10~12月:5:00~17:00 |
| 休業日 | 年中無休 |
| 料金 | 無料 |
| 交通アクセス |
「伊勢神宮 豊受大神宮(外宮)」の施設情報
| 施設名 | 伊勢神宮 豊受大神宮(外宮) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県伊勢市豊川町279 |
| 電話番号 | 0596-24-1111 |
| 営業時間 | 1~4・9月:5:00~18:00 5~8月:5:00~19:00 10~12月:5:00~17:00 |
| 休業日 | 年中無休 |
| 料金 | 無料 |
| 交通アクセス |
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