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「僧侶」とは/ホームメイト
「僧侶」(そうりょ)について、私達は親しみを込めて「お坊さん」と呼ぶことが多いでしょう。葬儀や法要などを執り行う人物というイメージが強いですが、実はもともとの僧侶の役割は、私達が思い浮かべるものとは違うのです。「[僧侶]とは」では、僧侶の歴史や役割について紹介します。
「僧侶」の意味
「僧」または「僧侶」と言う言葉は、古代インドで使用されていたサンスクリット語の「サンガ」の音を漢字で表記した「僧伽」(そうぎゃ)が由来です。僧伽は「仏教において出家した修行者の集団」という意味を持つため、厳密に言えば「集団」を指す言葉ですが、日本では個人でも「僧」と言われます。
古代インドにおいては、男性の出家者のことは「比丘」(びく)、女性の出家者のことは「比丘尼」(びくに)と言う名称が使用されていました。
比丘や比丘尼になるためには親族との縁を一切絶ち、財産も捨て、僧伽における規則である「具足戒」(ぐそくかい)を守ることが求められたのです。
- 具足戒(ぐそくかい)
- 本格的に僧侶を目指すにあたって従う、戒律のことを「具足戒」と言い、「具足」(ぐそく)は近づくと言う意味で、悟りの境地である涅槃(ねはん)に近づくことを言う仏語です。比丘に定められた具足戒の数は250戒、比丘尼に定められた具足戒は348戒と、細部にわたる厳しい戒律が授けられていました。
日本における僧侶の歴史
「厩戸王」(うまやどのおう:「聖徳太子」[しょうとくたいし])によって定められた「十七条憲法」の2番目の条項に「篤く三宝を敬え。三宝とは仏と法と僧となり」という文言があるように、僧は古くから偉大な人物として扱われてきました。
しかし、仏教が日本に広まりつつあった当時、実は具足戒を受けた正式な僧は存在していなかったのです。制度が整っていない状況にもかかわらず僧は増えていく一方となり、なかには満足にお経も読めない僧侶すら存在していました。このような環境を改めたのが、中国から来日した高僧「鑑真」(がんじん)です。
受戒制度の確立

45代「聖武天皇」(しょうむてんのう)によって呼び寄せられた中国の高僧・鑑真は、旅の途中で失明しながらも日本へと渡り「律宗」(りっしゅう)の開祖となった人物です。律令制下では僧侶に租税免除や刑罰軽減などの特権が与えられたので、重い税負担に苦しむ農民の中には許可なく出家する者があとを絶たず、身分秩序を混乱させる一因となっていました。
鑑真は、資質に欠ける僧が増えていた日本に正式な受戒制度をもたらし、「東大寺」(奈良県奈良市)、太宰府の「観世音寺」(かんぜおんじ:福岡県太宰府市)、下野(しもつけ)の「薬師寺」(栃木県下野市)に戒壇院(かいだんいん:僧侶になるために必要な戒律を授ける施設)を設立したのです。これにより日本の仏教界は刷新され、朝廷の許可を得ずに私的に得度(とくど:僧侶になるための儀式または手続きのこと)した私度僧(しどそう)を取り締まることができるようになりました。
僧侶の役割
人々の救済から民衆管理へ
このように僧になるためには得度という厳しい規定が設けられていた僧侶ですが、その役割について解説していきます。
そもそも僧とは仏教の教義のもと、修行によって煩悩を捨て、悟りを開き、教えによって人々を救済する役目を担っていました。
しかし、江戸時代に入ると、徳川幕府は庶民を統治するために仏教を利用します。これにより「檀家制度」(だんかせいど)または「寺請制度」(てらうけせいど)と呼ばれる制度が設けられ、僧や寺の役割が現在の形に近いものになったのです。
「寺請制度」は、キリスト教を禁止した江戸幕府が、民衆は寺から仏教の信徒であるとする寺請証文を請けなければならず、これにより自身がキリシタンではないことをお寺に証明させる制度でした。
お寺では現在の戸籍原簿や租税台帳に当たる「宗門人別改帳」(しゅうもんにんべつあらためちょう)が作られ、江戸幕府は僧侶を通じて民衆管理を行ったため、お寺は役所としての機能も担っていたのです。
檀那寺と檀家
特定のお寺を「檀那寺」(だんなでら)として家単位で所属し、その寺を信仰する家を「檀家」(だんか)と言います。
檀那寺に対して檀家はお布施を納める必要があり、その代わりに檀那寺は檀家の葬儀やお墓の管理などを独占的に引き受ける関係が生まれました。いわゆる「檀家制度」ができたのです。
現代の僧侶の役割
現代ではお寺に役所のような民衆管理の機能はありませんが、地方では檀家と檀那寺という関係を続けている家が多く、檀家は葬儀や法要の際は檀那寺に依頼します。
現代の僧侶の社会的な役割は、葬儀・法要で故人や先祖の供養(くよう)を行うことです。一周忌、お彼岸、お盆、月命日(つきめいにち)などに檀家を訪問して読経(どきょう、どっきょう)をあげます。
僧侶の読経によって故人が無事に成仏(じょうぶつ)することを願い、残された遺族の悲しみを癒すのです。
自利利他の道を体現
また、仏の教えを伝えることも僧侶の役割で、仏の教えを正しく伝えるために、僧侶自身が釈迦の教えを深く学び、修行に励みながら、人々に仏の教えを伝えることを「自利利他」(じりりた)の道と言います。
自利利他とは、自らが幸せになるとともに他人も幸せにするという意味です。仏の教えを伝えるために説法しながら、僧侶自身も仏に対しての理解が深まっていくため、他人を利することが自分を利することにもつながります。
