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飛鳥時代に創建した神社/ホームメイト
飛鳥時代は592年(崇峻天皇5年)から118年続き、その時代に創建された神社は、どれも非常に長い歴史を誇ります。ただし、中・近世の神社に比べて残っている資料が少なく、よく分かっていないことも少なくありません。古来の日本を感じられるのが、飛鳥時代に創建された神社の魅力です。
日本が国家として成立した頃に創建された神社をご紹介します。飛鳥時代から続く神社の歴史を知ることで、神社観光がさらに楽しめるようになるはずです。
八坂神社
八坂神社の歴史

「八坂神社」(やさかじんじゃ)は、京都府京都市東山区祇園町にある神社。国家の危機や天変地異の際に、朝廷が奉幣(ほうへい:天皇の命により神社に供え物を奉じること)を受けたとされる22社のうちのひとつです。
全国3,000以上の祇園社の総本社で、「祇園さん」の名で親しまれてきました。656年(斉明天皇2年)に、朝鮮半島の高句麗から調進副使(ちょうしんふくし)として渡来した「伊利之」(いりし)が創建した神社であるとされています。
祭神である「牛頭天王」(ごずてんのう)は、釈迦の生誕地である祇園精舎を守る神とされていますが、インドや中国・朝鮮においては信仰の形跡が確認されていません。
長い歴史を持つ八坂神社ですが、927年(延長5年)に記された全国の神社一覧である延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)には記載されておらず、これは「興福寺」(こうふくじ:奈良県奈良市)や「延暦寺」(えんりゃくじ:滋賀県大津市)の支配を受けていた八坂神社が、神仏習合(神道と仏教が融合し再構成される宗教現象)の神社だとみなされているとされています。
また、八坂神社は祇園祭で有名。祇園祭は、869年(貞観11年)に発生した疫病を鎮めるために行われた御霊会(ごりょうえ)を起源とする祭りです。934年(承平4年)に「感神院」が祇園社の別当寺となったことで神仏習合はさらに進み、「祇園感神院」と名称も変更。
しかし、1868年(慶応4年)に明治政府が出した神仏判然令により感神院が廃寺になったことで、祇園感神院から八坂神社に改名されました。
八坂神社の見どころ
八坂神社を象徴するのが、室町時代に建造された「西楼門」(にしろうもん)。西楼門は国の重要文化財の指定を受けています。西楼門は八坂神社だけでなく、京都東山を代表する建造物としても有名です。
また、八坂神社の見どころとして有名なのが「美御前社」(うつくしごぜんしゃ)。ここには、八坂神社の祭神である「素盞嗚尊」(すさのおのみこと)が持っていたとされる十握剣(とつかのつるぎ)から生まれた、「宗像三女神」(むなかたさんにょしん)と呼ばれる3人の女神が祀られています。
疫病除けの神として知られる「蘇民将来」(そみんしょうらい)を祀る「疫神社」(やくじんじゃ)も外せない見どころ。毎年7月31日には祇園祭の最後を飾る夏越祭(なごしさい)が行われることで有名です。
末社である「大神宮社」(だいじんぐうしゃ)の入り口に湧く力水(ちからみず)は女性におすすめ。祇園神水(ぎおんしんすい)とも呼ばれるこの湧水は、飲んだあとに境内の美御前社に参拝すると美人になるという嬉しい言い伝えがあるため人気です。
その他の見どころとして、「大黒さま」として知られる福神の「大国主命」(おおくにぬしのみこと)を祀った「大國主社」(おおくにぬししゃ)は、縁結びの神社として多くの人が訪れる場所となっています。
厳島神社
厳島神社の歴史

「厳島神社」(いつくしまじんじゃ)は、広島県廿日市市宮島にある神社です。1996年(平成8年)にユネスコ世界文化遺産に登録された、全国に約500社ある厳島神社の総本社。
宮島の厳島神社は、593年(推古元年)に「安芸国」(現在の広島県西部)の豪族であった「佐伯鞍職」(さえきのくらもと)により創建されたと伝えられています。
厳島(宮島)は古代より島全体が信仰の対象となっており、山岳信仰の盛んな地でした。平安時代末期、神主であった「佐伯景弘」(さえきのかげひろ)と、当時の安芸守である「平清盛」(たいらのきよもり)が結び付きを強めたことから、平氏の尊崇を受けるようになったとされています。
1168年(仁安3年)には大規模な社殿が整えられましたが、これも平清盛の援助が後ろ盾。そして、平家が隆盛を極めると共に厳島神社も栄え、平家の氏神となりました。

源氏との戦いに敗れ平家が滅亡したあとも、源氏を始めとする数々の権力者の庇護を受けますが、1207年(建永2年)と1223年(貞応2年)の火災により全焼。普段目にしている社殿は、1240~1243年(仁治元年~寛元元年)の仁治年間以降に造営された建造物です。
厳島神社の見どころ
厳島神社の1番の見どころとして真っ先に思い浮かぶのが、海の中に悠然と立つ「朱丹の大鳥居」。厳島神社を代表するこの大鳥居は、国の重要文化財に指定されています。
干潮時には鳥居の真下まで歩いて行くことができるので、時間を調整して満潮時と干潮時、両方の鳥居を見るのがおすすめです。厳島神社は周りを囲む風景の美しさでも有名。松島や天橋立と並んで「日本三景」に数えられています。
日本で唯一の海上社殿も厳島神社の魅力。御本社から回廊でつながった客神社・天神社・能舞台などが海上に浮かんでいるかのように見える様子は神秘的とすら感じられます。西回廊から見ることができる舞台は、他に類を見ない海上の能舞台。通常の能舞台とは異なる工夫がされており、足拍子を響きやすくするために特徴的な床板の構造となっています。
そして、厳島神社を訪れる際にぜひ見ておきたいのが、日没後にライトアップされた光景。幻想的に照らし出される社殿や大鳥居は、昼に見る姿とは違った世界に連れて行ってくれます。夕方から出る遊覧船に乗って、ゆっくりと全景を楽しむことがおすすめです。
松尾大社
松尾大社の歴史

「松尾大社」(まつおたいしゃ)は、京都府京都市西京区嵐山宮町にある神社で、22社のうちのひとつ。701年(大宝元年)、「文武天皇」により勅命を賜った「秦忌寸都理」(はたのいみきとり)が、勧請(かんじょう:分霊を他の神社に移すこと)することで始まったとされる神社です。
古来より松尾山の頂にあった磐座(いわくら:信仰の対象となる岩石)が信仰されており、この地に渡来した秦氏(はたし)が氏神として「松尾大神」を祀るようになりました。
718年(養老2年)には「秦忌寸都駕布」(はたのいみきつがふ)が最初に神職を務め、以後その子孫が代々受け継いだとされています。
784年(延暦3年)に「桓武天皇」が長岡京に遷都した際には、松尾大社に報告したことが伝えられており、平安京への遷都後も松尾大社に対する朝廷の崇敬は継続。1568年(永禄11年)に「織田信長」が入京した際、社領は、室町幕府第8代将軍「足利義政」(あしかがよしまさ)に仕えた「上野秀政」(うえのひでまさ)に一時的に預けられますが、1572年(元亀3年)に返還されました。
松尾神は神々の酒奉行であるとされているため、酒造関係者から篤く信仰されていますが、酒神としての信仰の起源は明らかにはなっていません。社伝によれば、松尾大社の社殿背後にある霊泉の水に酒を混ぜると腐らないと伝えられており、醸造家がこの泉の水を持ち帰るという風習が残っています。
松尾大社の見どころ

松尾大社の見どころは、1907年(明治40年)に重要文化財に指定された本殿。室町時代の特徴が色濃く残る彫刻や文様は、歴史の積み重ねを感じさせてくれます。
松尾大社にはご利益のある独特のスポットが数多く存在していますので、それらを巡るのも楽しみのひとつ。生まれた赤ちゃんの歯が丈夫になることを神に願う儀式を「歯固め」と呼びますが、ここには「歯固め石納所」なる場所があり、「歯固め石」を納める樽が設置されています。
「幸運の撫で亀」は長寿や家庭円満のご利益があるスポットで、ここに置かれているのは、撫でると幸運を授かることができるという亀の置物。他にも、願いが叶う「身重石」や恋愛成就にご利益がある「相生の松」など多くの開運スポットがあり、大人も子供も楽しめる神社となっています。
さらに、酒神信仰の対象である松尾大社で目を引くのが、境内南側にある神輿庫前。ここにはたくさんの酒樽が奉納されており、全国各地のお酒が目にも楽しい見どころとなっています。境内を歩くとあちらこちらに亀と鯉の像を見かけますが、亀は不老長寿、鯉は出世開運の守り神として松尾大神の使いとされているからです。
熱田神宮
熱田神宮の歴史

「熱田神宮」(あつたじんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区神宮にある神社。
113年(景行天皇43年)に「日本武尊」(やまとたけるのみこと)が「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)を熱田の地に祀ったことが起源となり、創建されたと伝えられています。
熱田神宮の大宮司職は、「天火明命」(あめのほあかりのみこと)を祖神とする尾張氏(おわりうじ)が代々務めていましたが、平安時代後期に「尾張員職」(おわりかずとも)の外孫にあたる「藤原季範」(ふじわらのすえのり)に譲られました。
藤原季範以降は、藤原南家藤原氏の千秋家が大宮司を、尾張氏が宮司を補佐する権宮司(ごんぐうじ)を務め続けているのです。1868年(慶応4年)に「神宮」の号が宣下(天皇が言葉を下すこと)。熱田神社から熱田神宮へと改名しました。
熱田神宮の見どころ
神話の時代から1900年続くとされる熱田神宮には、見どころが多く存在。まず、熱田大神が祀られている本宮は外すことができない見どころです。ここには、三種の神器のひとつである草薙剣が奉斎されています。
草薙剣に宿るとされる荒魂(あらみたま)が祀られている「一之御前神社」(いちのみさきじんじゃ)も知る人ぞ知る場所。ここは、2012年(平成24年)12月まで一般参拝客は立ち入ることのできない神域でした。
見どころは建物だけではありません。熱田神宮に生い茂る木々には、樹齢1,000年以上と言われる大きな楠があります。御神木とされるこの木は、「弘法大師空海上人」(こうぼうだいしくうかいしょうにん)が自らの手で植えたと言い伝えられており、開運のご利益があるとして有名です。
熱田神宮はパワースポットと呼ばれる場所も多くあり、神聖な力を感じるために全国から訪れる方も少なくありません。水の神とされる「罔象女神」(みずはのめのかみ)が祀られた「清水社」には湧水があり、「平景清」(たいらのかげきよ)はこの水で目を洗い眼病が治ったという伝説が残されています。
