「満福寺」から直線距離で半径3km以内の観光スポット・旅行・レジャーを探す/距離が近い順 (1~47施設)
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- 江ノ電の江の島駅から徒歩3分のところにある龍口寺。神奈川県藤沢市片瀬の龍口刑場跡に建つ日蓮宗の本山、かつて刑場があった場所で、鎌倉幕府の反感を買った日蓮聖人が捕らえられて連行されたところだそうです。 境内には、欅作りの大本堂、神奈川県唯一の木造五重塔、日蓮聖人が入れられたという御霊窟は、日蓮聖人の銅像が安置されている。他にも鐘楼堂、仏舎利塔、七面堂、妙見堂など、かなり広かったです。 鎌倉に用事があって出かけたのですが、前日にみたネット記事で、寅の日に毘沙門天さんを祀る神社仏閣にお参りすると良いとあったので、まさに寅の日、お参りしてきました。 両脇に黄色に染まった銀杏がある仁王門には、口乃龍と額がかかっていて、天井には龍がいました。龍ノ口刑場跡、山門、龍口明神社などがある境内を進むと、正面には立派な本堂がありました。本堂に入り、ご本尊にお参りして、脇にある授与所でご朱印をいただきました。 本堂の前には、格子のついた横穴があり、むかし日蓮聖人が入れられた土牢との説明がありました。 本堂の裏には、仏舎利塔や経八稲荷堂、五重塔があるそうですが、時間が無かったため、今回は回れなかったので、またゆっくり参拝したいと思います。
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- 常立寺(じょうりゅうじ)は日蓮宗のお寺です。当初、真言宗の回向院利生寺として創建され、その後、享禄5年(1532年)に日蓮宗へと改宗し、今の名の常立寺になったそうです。 1275年、元(蒙古)の使者杜世忠(とせいちゅう)ら5名がフビライの国書を携え、無条件降伏を迫って来日します。時の執権北条時宗が徹底抗戦を決意し、5名の処刑を命じ、龍の口の刑場で処刑されました。その5人の亡骸を葬った五輪塔がある事で知られているお寺です。山門をくぐった左手に高さ2メートルあまりの供養塔があります。こちらの内容は表通りからの入口の「伝元使塚」(藤沢市教育委員会)に記載されています。 そのため、平成17年(2005年)4月7日に朝青龍や白鵬らモンゴル出身の幕内・十両力士らが元使塚を参拝しています。モンゴルで青い布(青はモンゴルで英雄を意味する色)を五輪塔に巻き、元使を弔いました。その後も毎年、藤沢大相撲巡業の際にモンゴル出身力士による元使塚参拝が行われるようになり、五輪塔には常に青い布が巻かれるようになったようです。また、平成19年(2007年)3月1日には、モンゴル国大統領のナンバリーン・エンフバヤル夫妻も参拝しているそうです。その時に植えた梅の木が五輪塔のそばにあります。 今年は2月15日に「梅まつり」を開催して、境内にお茶席やこども縁日が出店したとか。見頃の時期は通りからもキレイな梅の花が覗け、ご自由に参拝くださいの案内があり、普段はひっそりとしている境内も多くの方が写真を撮ったりした、賑わっています。参拝した時にお茶席が設えてあり、どうやら「梅募金」という取り組みらしく、梅の維持費のために300円の募金をすると、お茶とお菓子を出していただけるようです。ライトアップも2月1日(土)から24日(月)の日没から午後9時まで行われ、日没後も梅を楽しむことができ、春の訪れを存分に味わえるように演出しています。梅の時期の他に、秋の紅葉の時期はイチョウがとてもキレイで同様に夜ライトアップを行っているようですよ。
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- 密蔵寺は江ノ電の江ノ島駅や湘南モノレールの湘南江の島駅近くの江ノ島駅入口交差点から北に向う道を10分程歩いていくと右側にあり、迷わず分かりやすい場所です。まわりは住宅地なので静かなところです。以前はお寺が経営していた「みふじ幼稚園」がお寺から数分のところにあり、近隣の子供たちが通っていました。そのようなこともあり、近隣の方たちには親しみあるお寺ですね。門前には愛情観音も安置されていて、その頃のことを思い出します。幼稚園の跡地には住宅が建ち並び跡形もなく、多くの子供たちが通ったところなので、寂しいですね。 真言宗大覚寺派寺院の密蔵寺は、寶盛山薬師院と号し、有辨(徳治元年1306年寂)が開山し、與(天正5年1577年寂)や良忍、全道による再建を経ています。何度かの火災にあったそうです。東国八十八ヵ所霊場87番、相模国準四国八十八ヶ所17番、相模国大師廿一霊場17番です。 本尊は創建時から薬師如来(医療と健康の守護仏)ですが、本堂に祀られている愛染明王(敬愛、間関係を良くする)の方が知られているようです。 境内にはカツラの木「愛染かつら」やイチョウの木があります。大イチョウの木の下に六地蔵が安置されています。秋にはイチョウの素敵な紅葉が見られます。一時期、この辺りの木々は塩害にあったりしましたが、昨年行ったときは綺麗に色づいていましたね。塩害を受けなかったのかもしれませんが無事で良かったです。本堂前には古来より熊野大社の御神木である梛(なぎ)の木と「四国八十八ヶ所御砂踏霊場」があります。お砂踏みとは、四国八十八箇所霊場のお砂を納めているので、東西南北の4度合掌してお祈りをすると、四国八十八箇所を巡拝したのとの同じご利益があるというもの。本堂は平成17年創建700年の記念事業で建立されたとのこと。境内には歴史を感じる古い石像などあります。 また湘南江ノ島安らぎ霊園 湘南江ノ島樹木葬プラチナヒルズ樹木葬のお墓が境内にあるので、案内の旗が通り沿いの出ていて目印になっていますね。
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- こんにちは。 本日は江ノ島大橋と江ノ島周辺のおすすめスポットに付いてご紹介致しますね。 まず、江ノ島大橋とは江の島と本土とを結ぶ橋で、厳密には西側の「江の島弁天橋」と東側の「江の島大橋」に分かれている様です。一般には両橋を含めて江の島大橋、江ノ島大橋と呼びます。江ノ島大橋を渡った事がある方は知っていると思いますが、富士山がとても綺麗に見えます。 続きまして、江ノ島周辺のおすすめスポットをご紹介致します。 まずはなんと言っても、江ノ島についてですね。 島全体がパワースポットであるといえる江ノ島。女神三姉妹が祀られている江島神社がメインの観光スポットです。詳しくお伝えしますと、島内にある辺津宮(へつみや)、中津宮(なかつみや)、奥津宮(おくつみや)の三社を総称して江島神社という様です。海の守護神である女神が祀られていて、金運や恋愛運、勝負運、芸能運を高めるパワースポットとして有名な神社となっております。また、江ノ島シーキャンドル(展望灯台)もとても眺めが良く、夜にはイルミネーションもあり、こちらも人気スポットですね。また、東京オリンピックでもセーリングの競技会場になった日本最大級の公共ヨットハーバー。江ノ島沖では一年を通して数多くのレースが行われ、江ノ島ヨットハーバーから出航するヨットマンたちで賑わっております。江ノ島から見下ろす江の島ヨットハーバーもとても絵になる絶景ですよ。 続きまして、御家族、お子様にも人気な新江ノ島水族館です。相模湾に面し、東に江ノ島、西に富士山を見渡せる好立地にあり、江ノ島の観光では絶対にはずせない水族館。相模湾に生息する生き物をテーマにした展示やダイビングショーは、子供から大人まで多くの人を魅了してやまない水族館となっております。 食事に関しても、海の幸を使った料理が楽しめ、海産物を中心とした種類豊富な品揃えのお土産が沢山あります。 この他にも、まだまだ紹介しきれない人気スポットや観光地も沢山あり、必ず充実した1日になる事は間違いないので、行った事の無い方は是非1度行って見て下さい。
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- 片瀬の諏訪神社は今から1300年余り前(奈良時代)養老7年(723年)に信濃国(長野県)諏訪大社からの御分霊として上下両社に鎮座されたとのことです。片瀬の地は現在とは地形が異なり、以前は水面の覆われた大きな沼湖で、それが諏訪湖を取り巻く諏訪の地によく似ていたことからこの地が選ばれたとか。。。全国各地にある諏訪大社の御分霊を祀る諏訪神社の中でも最古のものとされているそうです。 令和5年(2023年)に創建1300年を迎え、令和5年(2023年)10月22日に「御鎮座1300年奉祝祭」が盛大に執り行われ、「御鎮座1300年記念の木札守・切り絵御朱印」が奉製されました。 下社は江ノ電 湘南海岸公園駅より徒歩5分、江ノ電バス 江の島行き方面 諏訪神社前が参道入口になります。参道砂利道の一の鳥居をすすみ、道をへだてて、2の鳥居へ、左側に手水舎があり、コロナ流行に伴い、柄杓はなく、手をかざすと水が出てくる方式になっています。1300年つづくこの神社も長い歴史の中でも色々変わったことも多いのでしょう。社務所は下社のみで右側に進んだところにあります。受付時間午前10時頃〜夕方5時までとのことで、拝殿もその時間ぐらいに閉じられている感じです。 七五三詣の時期はご祈祷と祝詞をあげてもらったりしているのに遭遇します。お参りを遠慮した方が良いのかなと思ったりしていましたが、そうゆう時は神様からの歓迎のサインと本で読んだこともあり、来年はお祝い事の日がお参りしたい時に重なってしまっても遠慮せずにお参りしようと思います。「みんなが幸せになるように!」と。 上下両社を備えているのは信濃諏訪本社と片瀬の諏訪神社のみとのこと。上社への行き方は下社入口に案内板があります。住宅地の道を進んで行くので、ちょっと不安になりますが、道なりに左へ進んでいくと上社入口の通りに出ます。近くの人は知っているので、不安があったらすぐに聞いてみてくださいね。上社は階段を上ったところにあり、片瀬の町が一望、江ノ島や天気の良い時は富士山が見えるところなので、是非上社もいっしょに参拝に行ってください。お賽銭箱は階段の下側にあり、社殿の門はいつもは開いていません。
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- 龍口明神社は古墳時代の538年創建で、鎌倉市に現存する一番古い神社と言われています。五頭龍大神と玉依姫命を祀っています。五頭龍大神は国家安泰・心願成就・交通安全・縁結び、玉依姫命は縁結び・子授け・安産の神として信仰されています。 玉依姫命は神武天皇の母、海神族の祖先で、龍神として崇められたと伝えられています。五頭龍大神とは、鎌倉と江ノ島に伝わる五頭龍と弁財天の伝説に登場する一身五頭の龍神で、江の島の弁財天に悪業を戒められた龍であり、龍が改心し岩山と化した後、津村(腰越および隣接の現鎌倉市津一帯)の村人達が、龍の口にあたる岩上(龍口)に社を築いて、村の鎮守としたことが、龍口明神社の発祥と伝えられています。と言うことで、現在の西鎌倉では無く、当初は龍口寺西隣にありました。大正12年(1923年)、関東大震災により全壊し、その後、昭和8年(1933年)に改築しました。しかし、鎌倉時代に刑場として使用された時期もあったこの地の祟りを恐れた氏子の要望により、 昭和53年(1978年)に江の島を遠望し、龍の胴にあたる現在の地へと移転したそうです。 最寄り駅は湘南モノレール線西鎌倉駅で、歩いて5分と案内されていますが、坂道ということもあり、もう少しかかるかもしれません。閑静な住宅地の中にあり、境御神木のタブノキや五頭龍大神の銅像などがパワースポットとして人気になっています。 また、移転前の龍口(龍口寺)には、鎌倉市津1番地が飛び地として残っています。龍口明神社跡は中に入れないようになっていますが、通りから鳥居が見えます。 日本三大弁財天として名高い江島神社とは夫婦神社(江島神社が女、龍口明神社が男)とされ、江島神社と龍口明神社は併せてお参りされるがおすすめであると言われています。また、現存する一番古い神社という事ですので、移転前の龍口明神社跡にも立ち寄りたいですね。この辺りは歴史のある神社も多く、神社仏閣巡りに良いところです。併せてお参りに行ってみてください。
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- 毎年クリスマスの時期になると江の島サルエル・コッキング苑はイルミネーションで、宝石箱のように美しい景色になります。初めて来た時は、息を飲むほどの美しさに本当に感動しました。毎年、少しずつ変わるので毎年来ても飽きないです。もちろん入場料は掛かるのですが、お金を払っても全く惜しくないほど本当に美しい夜景です。夕日が沈む頃から来ると、ライトアップの瞬間も見れます。これがまた最高で、「わー!」と、あまりの美しさに、会場が全体で一斉に声がもれるほどです。江の島サルエル・コッキング苑の中には灯台があり、少し並びますが上までエレベーターで上がるとまた、海とイルミネーションのコラボレーションが素晴らしく臨めます。この夜景を目的で訪れるだけでも価値があると思います。お土産屋さんもカフェもありますので、家族やお友達同志でもゆっくり楽しめます。もちろんカップルには最高の想い出になる事間違いなしだと思います。是非オススメです。
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- 江ノ電の江の島駅から徒歩3分のところにある龍口寺。神奈川県藤沢市片瀬の龍口刑場跡に建つ日蓮宗の本山、かつて刑場があった場所で、鎌倉幕府の反感を買った日蓮聖人が捕らえられて連行されたところだそうです。 境内には、欅作りの大本堂、神奈川県唯一の木造五重塔、日蓮聖人が入れられたという御霊窟は、日蓮聖人の銅像が安置されている。他にも鐘楼堂、仏舎利塔、七面堂、妙見堂など、かなり広かったです。 鎌倉に用事があって出かけたのですが、前日にみたネット記事で、寅の日に毘沙門天さんを祀る神社仏閣にお参りすると良いとあったので、まさに寅の日、お参りしてきました。 両脇に黄色に染まった銀杏がある仁王門には、口乃龍と額がかかっていて、天井には龍がいました。龍ノ口刑場跡、山門、龍口明神社などがある境内を進むと、正面には立派な本堂がありました。本堂に入り、ご本尊にお参りして、脇にある授与所でご朱印をいただきました。 本堂の前には、格子のついた横穴があり、むかし日蓮聖人が入れられた土牢との説明がありました。 本堂の裏には、仏舎利塔や経八稲荷堂、五重塔があるそうですが、時間が無かったため、今回は回れなかったので、またゆっくり参拝したいと思います。
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- こんにちは。 本日は江ノ島大橋と江ノ島周辺のおすすめスポットに付いてご紹介致しますね。 まず、江ノ島大橋とは江の島と本土とを結ぶ橋で、厳密には西側の「江の島弁天橋」と東側の「江の島大橋」に分かれている様です。一般には両橋を含めて江の島大橋、江ノ島大橋と呼びます。江ノ島大橋を渡った事がある方は知っていると思いますが、富士山がとても綺麗に見えます。 続きまして、江ノ島周辺のおすすめスポットをご紹介致します。 まずはなんと言っても、江ノ島についてですね。 島全体がパワースポットであるといえる江ノ島。女神三姉妹が祀られている江島神社がメインの観光スポットです。詳しくお伝えしますと、島内にある辺津宮(へつみや)、中津宮(なかつみや)、奥津宮(おくつみや)の三社を総称して江島神社という様です。海の守護神である女神が祀られていて、金運や恋愛運、勝負運、芸能運を高めるパワースポットとして有名な神社となっております。また、江ノ島シーキャンドル(展望灯台)もとても眺めが良く、夜にはイルミネーションもあり、こちらも人気スポットですね。また、東京オリンピックでもセーリングの競技会場になった日本最大級の公共ヨットハーバー。江ノ島沖では一年を通して数多くのレースが行われ、江ノ島ヨットハーバーから出航するヨットマンたちで賑わっております。江ノ島から見下ろす江の島ヨットハーバーもとても絵になる絶景ですよ。 続きまして、御家族、お子様にも人気な新江ノ島水族館です。相模湾に面し、東に江ノ島、西に富士山を見渡せる好立地にあり、江ノ島の観光では絶対にはずせない水族館。相模湾に生息する生き物をテーマにした展示やダイビングショーは、子供から大人まで多くの人を魅了してやまない水族館となっております。 食事に関しても、海の幸を使った料理が楽しめ、海産物を中心とした種類豊富な品揃えのお土産が沢山あります。 この他にも、まだまだ紹介しきれない人気スポットや観光地も沢山あり、必ず充実した1日になる事は間違いないので、行った事の無い方は是非1度行って見て下さい。
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- 鎌倉市手広にあるお寺です。 手広の交差点を腰越方面に7〜8分ほど歩いたところにあります。私はお散歩がてら家から歩いて行ったのですが、最寄り駅の大船や藤沢から歩くには少々遠いのでバスを利用した方が良いと思います。 入口の前は駐車スペースなのか少々広くなっていて数台であれば駐車することが出来そうでした。 山門の両脇にある石碑や看板に「鎖大師」や「鎖弘法大師」と書いてあったので少々不思議に思いました。看板によると本尊の鎖大師像は重要文化財に指定されているようです。 緑色の屋根の山門をくぐるとまっすぐな参道になっており、その両側に建物と石像がある造りとなっていました。 入って直ぐの右側に手の込んだ立派な屋根の鐘楼があり、感動しました。 更に参道を進んで行くと本堂が右側にあり、お線香が売っていたので購入してお参りをしました。 扁額に「鎖大師」と書いてあったので、この中にあるのかと思いましたが扉が閉まっていたので見ることが出来ず残念でした。 参道を挟んで本堂の向かい側に五輪塔童子という小さな石像がありました。5体の石像があり、それぞれがラッキーカラーと健康運や勝負運等のご利益を持っているようです。このような石像を見たことは無かったので、良い体験をすることが出来ました。 「鎖大師」というのが気になったので帰宅後に調べてみると、弘法大師木像の膝が鎖で繋がっていて動くようになっていることから「鎖大師」と呼ばれるようになったそうです。 弘法大師自身が作ったと伝えられているようです。 年に5回開帳されるとのことなので、機会があれば行ってみたいと思います。
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- 龍口明神社は古墳時代の538年創建で、鎌倉市に現存する一番古い神社と言われています。五頭龍大神と玉依姫命を祀っています。五頭龍大神は国家安泰・心願成就・交通安全・縁結び、玉依姫命は縁結び・子授け・安産の神として信仰されています。 玉依姫命は神武天皇の母、海神族の祖先で、龍神として崇められたと伝えられています。五頭龍大神とは、鎌倉と江ノ島に伝わる五頭龍と弁財天の伝説に登場する一身五頭の龍神で、江の島の弁財天に悪業を戒められた龍であり、龍が改心し岩山と化した後、津村(腰越および隣接の現鎌倉市津一帯)の村人達が、龍の口にあたる岩上(龍口)に社を築いて、村の鎮守としたことが、龍口明神社の発祥と伝えられています。と言うことで、現在の西鎌倉では無く、当初は龍口寺西隣にありました。大正12年(1923年)、関東大震災により全壊し、その後、昭和8年(1933年)に改築しました。しかし、鎌倉時代に刑場として使用された時期もあったこの地の祟りを恐れた氏子の要望により、 昭和53年(1978年)に江の島を遠望し、龍の胴にあたる現在の地へと移転したそうです。 最寄り駅は湘南モノレール線西鎌倉駅で、歩いて5分と案内されていますが、坂道ということもあり、もう少しかかるかもしれません。閑静な住宅地の中にあり、境御神木のタブノキや五頭龍大神の銅像などがパワースポットとして人気になっています。 また、移転前の龍口(龍口寺)には、鎌倉市津1番地が飛び地として残っています。龍口明神社跡は中に入れないようになっていますが、通りから鳥居が見えます。 日本三大弁財天として名高い江島神社とは夫婦神社(江島神社が女、龍口明神社が男)とされ、江島神社と龍口明神社は併せてお参りされるがおすすめであると言われています。また、現存する一番古い神社という事ですので、移転前の龍口明神社跡にも立ち寄りたいですね。この辺りは歴史のある神社も多く、神社仏閣巡りに良いところです。併せてお参りに行ってみてください。
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- 密蔵寺は江ノ電の江ノ島駅や湘南モノレールの湘南江の島駅近くの江ノ島駅入口交差点から北に向う道を10分程歩いていくと右側にあり、迷わず分かりやすい場所です。まわりは住宅地なので静かなところです。以前はお寺が経営していた「みふじ幼稚園」がお寺から数分のところにあり、近隣の子供たちが通っていました。そのようなこともあり、近隣の方たちには親しみあるお寺ですね。門前には愛情観音も安置されていて、その頃のことを思い出します。幼稚園の跡地には住宅が建ち並び跡形もなく、多くの子供たちが通ったところなので、寂しいですね。 真言宗大覚寺派寺院の密蔵寺は、寶盛山薬師院と号し、有辨(徳治元年1306年寂)が開山し、與(天正5年1577年寂)や良忍、全道による再建を経ています。何度かの火災にあったそうです。東国八十八ヵ所霊場87番、相模国準四国八十八ヶ所17番、相模国大師廿一霊場17番です。 本尊は創建時から薬師如来(医療と健康の守護仏)ですが、本堂に祀られている愛染明王(敬愛、間関係を良くする)の方が知られているようです。 境内にはカツラの木「愛染かつら」やイチョウの木があります。大イチョウの木の下に六地蔵が安置されています。秋にはイチョウの素敵な紅葉が見られます。一時期、この辺りの木々は塩害にあったりしましたが、昨年行ったときは綺麗に色づいていましたね。塩害を受けなかったのかもしれませんが無事で良かったです。本堂前には古来より熊野大社の御神木である梛(なぎ)の木と「四国八十八ヶ所御砂踏霊場」があります。お砂踏みとは、四国八十八箇所霊場のお砂を納めているので、東西南北の4度合掌してお祈りをすると、四国八十八箇所を巡拝したのとの同じご利益があるというもの。本堂は平成17年創建700年の記念事業で建立されたとのこと。境内には歴史を感じる古い石像などあります。 また湘南江ノ島安らぎ霊園 湘南江ノ島樹木葬プラチナヒルズ樹木葬のお墓が境内にあるので、案内の旗が通り沿いの出ていて目印になっていますね。
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- 片瀬の諏訪神社は今から1300年余り前(奈良時代)養老7年(723年)に信濃国(長野県)諏訪大社からの御分霊として上下両社に鎮座されたとのことです。片瀬の地は現在とは地形が異なり、以前は水面の覆われた大きな沼湖で、それが諏訪湖を取り巻く諏訪の地によく似ていたことからこの地が選ばれたとか。。。全国各地にある諏訪大社の御分霊を祀る諏訪神社の中でも最古のものとされているそうです。 令和5年(2023年)に創建1300年を迎え、令和5年(2023年)10月22日に「御鎮座1300年奉祝祭」が盛大に執り行われ、「御鎮座1300年記念の木札守・切り絵御朱印」が奉製されました。 下社は江ノ電 湘南海岸公園駅より徒歩5分、江ノ電バス 江の島行き方面 諏訪神社前が参道入口になります。参道砂利道の一の鳥居をすすみ、道をへだてて、2の鳥居へ、左側に手水舎があり、コロナ流行に伴い、柄杓はなく、手をかざすと水が出てくる方式になっています。1300年つづくこの神社も長い歴史の中でも色々変わったことも多いのでしょう。社務所は下社のみで右側に進んだところにあります。受付時間午前10時頃〜夕方5時までとのことで、拝殿もその時間ぐらいに閉じられている感じです。 七五三詣の時期はご祈祷と祝詞をあげてもらったりしているのに遭遇します。お参りを遠慮した方が良いのかなと思ったりしていましたが、そうゆう時は神様からの歓迎のサインと本で読んだこともあり、来年はお祝い事の日がお参りしたい時に重なってしまっても遠慮せずにお参りしようと思います。「みんなが幸せになるように!」と。 上下両社を備えているのは信濃諏訪本社と片瀬の諏訪神社のみとのこと。上社への行き方は下社入口に案内板があります。住宅地の道を進んで行くので、ちょっと不安になりますが、道なりに左へ進んでいくと上社入口の通りに出ます。近くの人は知っているので、不安があったらすぐに聞いてみてくださいね。上社は階段を上ったところにあり、片瀬の町が一望、江ノ島や天気の良い時は富士山が見えるところなので、是非上社もいっしょに参拝に行ってください。お賽銭箱は階段の下側にあり、社殿の門はいつもは開いていません。
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- 常立寺(じょうりゅうじ)は日蓮宗のお寺です。当初、真言宗の回向院利生寺として創建され、その後、享禄5年(1532年)に日蓮宗へと改宗し、今の名の常立寺になったそうです。 1275年、元(蒙古)の使者杜世忠(とせいちゅう)ら5名がフビライの国書を携え、無条件降伏を迫って来日します。時の執権北条時宗が徹底抗戦を決意し、5名の処刑を命じ、龍の口の刑場で処刑されました。その5人の亡骸を葬った五輪塔がある事で知られているお寺です。山門をくぐった左手に高さ2メートルあまりの供養塔があります。こちらの内容は表通りからの入口の「伝元使塚」(藤沢市教育委員会)に記載されています。 そのため、平成17年(2005年)4月7日に朝青龍や白鵬らモンゴル出身の幕内・十両力士らが元使塚を参拝しています。モンゴルで青い布(青はモンゴルで英雄を意味する色)を五輪塔に巻き、元使を弔いました。その後も毎年、藤沢大相撲巡業の際にモンゴル出身力士による元使塚参拝が行われるようになり、五輪塔には常に青い布が巻かれるようになったようです。また、平成19年(2007年)3月1日には、モンゴル国大統領のナンバリーン・エンフバヤル夫妻も参拝しているそうです。その時に植えた梅の木が五輪塔のそばにあります。 今年は2月15日に「梅まつり」を開催して、境内にお茶席やこども縁日が出店したとか。見頃の時期は通りからもキレイな梅の花が覗け、ご自由に参拝くださいの案内があり、普段はひっそりとしている境内も多くの方が写真を撮ったりした、賑わっています。参拝した時にお茶席が設えてあり、どうやら「梅募金」という取り組みらしく、梅の維持費のために300円の募金をすると、お茶とお菓子を出していただけるようです。ライトアップも2月1日(土)から24日(月)の日没から午後9時まで行われ、日没後も梅を楽しむことができ、春の訪れを存分に味わえるように演出しています。梅の時期の他に、秋の紅葉の時期はイチョウがとてもキレイで同様に夜ライトアップを行っているようですよ。
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- 鵠沼賀来神社(かくじんじゃ)は、江ノ電の鵠沼駅西口から出て海岸方面に進むと右側すぐのところの階段を数段上がった高台にあります。 まず階段を数段上がると、左側に神社の歴史が記された『賀来神社の由来と御神霊』があります。それによると、こちらの神社は大分県大分市賀来にある賀来神社からこの地に分祀されたとのこと。大分賀来神社は1100年以上の歴史があるようです。江戸時代の藩主松平近濤(チカモト)が大分賀来神社を江戸屋敷(文京区)に分霊し、社殿、拝殿、神楽堂を建設した。それを明治時代になって、畑も人家もない荒野の鵠沼を住宅地開発にした伊東将行が文京区から鵠沼に遷座し、明治38年(1905年)より、鵠沼賀来神社 は鵠沼住民の郷社となったそうです。賀来神社には家業繁盛に離厄、安産、経済と技能に力を付ける十三柱の御神霊が鎮座されていますとのことでした。 次に鳥居をくぐり右に進むんで行くと狛犬が迎えてくれます。その先の右側に手水舎があります。今回私は初めての参拝でしたので、ご挨拶をさせていただきました。 境内や周辺にはいくつかの石碑・石柱などがあります。歴史に興味のある方には興味深いものがあるかもしれません。入口にはサーフボードを模した石で作られた銘板があります。台座には”勝海舟の拝書 明治20年、伯爵の爵位を授かった時、崇敬する賀来神社へ一番気に入った名前『海舟勝安房』と記して奉献された大変貴重な拝書です。”と記されていました。こちらも歴史をうかがえますね。また、このサーフボード型から、海の安全を祈願にサーファー達がお参りに来ることでも有名なようです。また、神社東側には同じくサーフボード型をした道祖神もありました。 伺った日は休日の土曜日だったのですが、どなたにも会いわず、ゆっくりと参拝させていただきました。でも毎年夏には「鵠沼賀来神社例大祭」が賑やかに夜店や神輿、提灯の灯りに彩られ、お正月には初詣の列ができるようです。地元の方や海に訪れる方に愛されている神社なのですね。
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- 「石上神社」は、藤沢駅南口のODAKYU 湘南 GATE ビルの横ファミリー通りを進んで、2つ目の信号を過ぎ、フランス家庭料理レストラン「ビストロラシャンブル」の次のブロックにあります。地域の集会場「石上会館」の隣になり、郵便ポストが目印になるかもしれません。 「石上」とは、鵠沼の南東域を「砥上が原(とがみがはら」と呼んでいたことによるもので、この石上神社も別名「砥上明神(とがみみょうじん)」と言われていたそうです。西行法師は、平泉への旅の途中に鎌倉に寄った際に『えは迷う葛の繁みに妻篭めて砥上原に雄鹿鳴くなり その夕暮方に沢辺の鴫、飛び立つ音しければ、心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮』 鴨長明は『立ちかえる名残は春に結いぴけん砥上原の葛の冬がれ 浦近き砥上原に駒とめて片瀬の川の潮干をぞ待つ』と「砥上が原」の歌を残しています。 そもそもこちらの神社は、鎌倉時代の武士を祀った神社で、そのうち地域の守護神として崇めたそうです。この辺りは水難も多く、現在地になったのは1934年で、1977年に隣の石上会館とともに改築されて現在に至るようです。石上の地は浸水被害が起こりやすいですが、ひどい災害から守っていただいているのだと思います。境内には歴史など記載したものが掲示されていますので、是非ご覧になってください。 お祭りや藤沢市砥上公園で開催される盆踊りの時は、隣に石上会館があるので、集合や待機場所になるようで出入りが多く賑わっています。朝は藤沢駅に向かう道の途中にあるので、出勤前にお参りして行かれる方もよく見かけします。 また、江ノ電の石上駅から線路の反対方向に進み、交差点を右に曲がり、二股に分かれる右側を道なりに進むと右側に鵠沼現存の最古の石仏と言われている「石上地蔵」が安置されています。近隣の方々で行っているのかポリカーボネートで囲まれた中に地蔵さまがいらっしゃり、大切にされていることが伺えます。こちらも是非手を合わせに行ってみてください。
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