
福島県の西の端、西会津町にある松尾神社(まつおじんじゃ)は、山々と田園に囲まれたのどかな風景の中にひっそりと佇んでいる神社です。私がこの神社を訪れたのは、ちょうど紅葉が色づき始めた10月の終わりごろでした。朝の澄んだ空気のなか、のんびりと歩いていくと、集落の奥に小高い丘のような場所があり、そこに朱色の鳥居が姿を現しました。 境内へと続く石段は、年月を重ねて苔むしており、歩くたびにその歴史の深さが足元から伝わってくるようでした。木々に囲まれた参道を進んでいくと、静けさの中に鳥のさえずりだけが聞こえ、日常の忙しさをすっかり忘れてしまいそうになります。 この松尾神社は、平安時代以前の創建とされる非常に古い神社で、もともとは京都の松尾大社の分霊を祀ったのがはじまりだと伝えられています。松尾大社は日本有数の酒造の神様であり、ここ西会津の松尾神社も同じく酒造りの守護神・大山咋神(おおやまくいのかみ)をお祀りしています。そのため、地元では昔から「酒の神様」として親しまれ、今でも酒蔵の方々が商売繁盛を願って参拝に訪れるそうです。 また、松尾神社は五穀豊穣や家内安全、厄除けのご利益がある神社としても信仰されています。昔は、農作業が始まる春先に、村人たちがこの神社に集まって豊作を祈り、秋には収穫を感謝する祭礼が盛大に行われていたそうです。今でもその伝統は続いていて、毎年秋に行われる「例大祭」では、地元の人々が舞やお囃子を奉納し、神様に感謝を捧げています。 境内には、古い石の狛犬や、奉納された酒樽が置かれていて、地域の人々の信仰の深さが感じられました。拝殿は木造で、どこか素朴な美しさがあり、静かに手を合わせると、心の中まで清められるような気がします。 印象的だったのは、神社の隅にある小さな祠。地元の方に話を聞いたところ、ここは「水の神」を祀っているそうで、昔から旱魃の際には村人たちが雨乞いに訪れていたのだとか。西会津のような山間地域では水は命の源であり、その信仰の姿勢には、自然とともに生きてきた人々の思いが込められているように感じました。 帰り道、少し遠回りして集落の中を歩いていると、道端で手を合わせている年配の女性に出会いました。「松尾さんは、昔から村を見守ってくれてるんですよ」と笑顔で話してくれたのが印象に残っています。